始業式が終わり、SHRもすぐに終わって、下校の時間となった。

土田先生との約束通り、職員室へと伺えば、待ってましたと言わんばかりに土田先生が紙袋を手にこちらへと歩み寄って来た。



「悪かったな、時間を取らせて」

「いえ、大丈夫です」

「これ。小林に渡してくれないか?」

「…由依にですか?」

「小林にって言うか…、まぁ、二人で分けてくれ」



中身をチラリと覗き見れば、旅行先の土産品の様だった。
土田先生なりに、由依に気を遣っているのだろうか…。

ただ、由依が素直に受け取ってくれるかは分かったものではない。



「無理に渡さなくていいからな」

「え、でも…」

「小林が要らないって言ったら、渡邉と親御さんで食べてくれ。序でみたいな言い方で悪いけどな…」

「いえ、わざわざありがとうございます。じゃあ、また明日」

「おう。気を付けて帰れよー」



職員室を出た足で、序でに保健室へと寄る事にした。

保健室の扉を開けば、梨加ちゃんが書類か何かに目を通している所だった。



「あ、理佐ちゃん」

「梨加ちゃん、久し振りだね」

「ふふ、ほんの数週間会わなかっただけなのにね?…あ、そう言えば、理佐ちゃん、アルバイトを始めたみたいだね?」

「うん。由依に聞いた?」

「うん。理佐ちゃんの作ってくれたナポリタンが、凄く美味しかったって、由依ちゃん喜んでたよ」



梨加ちゃんの優しい表情とその言葉に、胸が熱くなるのを感じる。

由依が、梨加ちゃんに話してくれていた事が、何よりも嬉しくて、安心した。


もしかしたら、主人との会話は、本当に由依にとっては何かの切っ掛けになったのではないかとさえ思える。



「私、この後アルバイトが入ってて、由依が後で来てくれるんだけど、梨加ちゃんも時間があったらどうかな?」

「あ、行きたいな。今日は早く終われるから、由依ちゃんを迎えに行って、一緒にお邪魔するね?」

「うん、待ってる」



梨加ちゃんとの会話も済ませて、学校を後にする。


学校から喫茶店までは、そこまで距離がある訳ではないので、通うにも苦にならない。
ただ、商店街の一角にあるので、今日は学校帰りに寄り道をする生徒が居る可能性も、無きにしも非ず。

まぁ、正直、誰かと出会した所で何がある訳でもないので、問題はない。






















「おはようございます」



喫茶店の裏口から、そのまま繋がっている厨房の方へと声を掛ければ、主人が笑顔で迎えてくれる。



「おはよう、理佐ちゃん。今日もよろしくね」

「はい!着替えたら、すぐ来ますね」



更衣室で着替えを済ませて、ホールへと出れば、お客さんは三組程しか居なかった。
簡単に言ってしまえば、空いている。
でも、洗い場を見れば食器が溜まっていたので、丁度お客さんが引いた所なのだろう。

それに、カウンターに居るお客さんはおそらく長居しているのだろう。来店時に出すお水も飲み干してしまっていた。
空いてはいるものの、それだけ居心地はいいという事なのだろう。

出来る事なら、私も学校へ行くよりも、此処に通いたくなってしまう。



「洗い物やっちゃいますね」

「ありがとう」



奥さんが空いたテーブルを拭いて回っていたので、食器を洗う方に回る。


すると、来客を告げる鈴の音が鳴り響く。



「あら、いらっしゃい」



キリのいい所で顔を上げて確認すると、来店して来たのは由依だった。

この間と同様に、フードを深く被っている。

続けて扉の開く音が聞こえて、入って来たのは梨加ちゃんだった。

二人は、奥さんに案内されて、お店の奥の席に座る。


二人の注文はすぐに決まり、由依がアイスココアで梨加ちゃんがアイスコーヒー。



「ゆっくりしていってね」

「ふふ、ありがとう。理佐ちゃんの制服姿凄く似合ってるよ」

「ありがとう」



商品を運んだ際に、梨加ちゃんがそう言ってくれて、心成しか頬が紅潮するのを感じた。

やっぱり褒められるのは慣れていないから、何処か気恥ずかしくなる。



「あれ?理佐ちゃん?」



扉の開く音が聞こえて、入り口を見れば、もんたと志田さんの姿があった。



「理佐ちゃん、ここで働いてたの?」

「夏休みの終わりの頃からね」



もんたの後ろに居る志田さんは、緊張した様子もなく、それでも、何だか視線をずっと送られているのが少々気不味く感じた。

もんたと志田さんを席に案内する際、由依と梨加ちゃんとは離れた席に案内した。

多分、由依はあの状態でクラスメイトに会う事は避けたい筈だから…。



それから、お客さんが入店して来る事はなく、由依と梨加ちゃん、もんたと志田さんの二組を主に眺めていれば、志田さんの視線が時折送られて来るのを直に感じた。

何を話しているのかは気になる所だけど、おそらくはクラスメイトの話をしているといった所だろう。

それにしたって、今日転校して来たばかりの子と打ち解けるのが早いな、もんたも。

ただ、どうしてか志田さんを見ていると引っ掛かるものがあった。

何かが不自然に感じたのだ。
その何かが分からないから、何とも言えないけど。



「あれ?梨加先生?」



いつの間にやら席を立っていた様で、もんたが会計口に向かう梨加ちゃんに声を掛ける。

梨加ちゃんは、知ってか知らずか、



「あ、美愉ちゃん。お友達?」



そう返せば、もんたが志田さんの事を紹介していた。
そんな志田さんに、梨加ちゃんも自己紹介をしていた。

そして、二人の視線は一気に、梨加ちゃんの後ろに立つ由依へと移る。

学校で由依と梨加ちゃんの関係を知っている人はそう多くはない筈。



「先生も、知り合いの方と来てたんですか?」

「知り合いって言うより、親戚かな」

「へー。先生、また明日ねー」



あまり長く引き留めるのは悪いと思ったのか、もんたは早々に話を切り上げてくれた。

二人に沿う様に会計口へと向かえば、未だに由依の事を見つめる志田さんが目に入った。


その時、ふと感じた。

由依と志田さんが醸し出す雰囲気が、何処となく似ている、と。



「由依、私、十八時で上がりなんだけど、一緒にご飯行かない?」

「…うん、いいよ」

「じゃあ、前に行ったファミレスにしよう。先に行っててくれてもいいからさ」

「うん、分かった」



幸いお互いに声が大きい訳でもないので、梨加ちゃん以外にこの会話が聞こえる事はなかった。

それにしても、あっさりと了承してくれるとは思っていなかったので、何だか拍子抜けしてしまった。


由依と梨加ちゃんを見送って、店内のお客さんへと視線を戻した時、由依の事をお店を出るまで見つめ続ける志田さんの姿があった。