志田さんが転入して来てから、早いもので一週間が経過していた。

この一週間、志田さんの事を観察していたけど、兎に角、よく笑う子と言う印象。
良い意味でも、悪い意味でも。

果たして、クラスの中の何人がそれに気が付いているのやら。

もしかしたら、ほぼ毎日の様に隣に居るもんたなら気が付いているのかも知れないね。




















お昼休み、由依と一緒に屋上に来た。
今日は屋上の気分だったらしい。偶に、保健室の日もあるものだから、由依の後を付いて行く他に術がない。



「由依、最近ちゃんと眠れてないでしょ?」

「…どうして?」

「隈。結構濃いよ」

「………」

「まさか…また、あの時みたいに…」

「それはないから」



あの時と言うのは、由依が襲われたあの日の事。

あの日を境に、由依の顔からは完全に笑顔が消えてしまった。
ぎこちなくても、少しでも笑い掛けてくれた日々が、随分と遠くへ行ってしまった様な気がしてしまう。
でも、その事に触れようとすれば、被せる様に否定される。



「ごめんね、理佐…」

「え…?」

「何をしても、理佐に迷惑掛けちゃってるよね…」



自己嫌悪にでも陥っているのか、由依は目を伏せてしまった。

そんな由依の膝元に、おむすびを置けば、目を丸くさせた。



「理佐…?」

「これ食べてくれないと、迷惑かなぁ」

「……狡い…」



少しだけ声音が明るくなった由依は、包みを開けると、おむすびを一口頬張る。

今、由依が醸し出している雰囲気は、とても柔らかいもの。
でも、誰もが雰囲気を察知してくれる訳ではない。

言うなれば、幾ら雰囲気が柔らかろうが、無愛想に変わりはない。

そうなると、中々に人は近寄りたがらない。
関わりも持ちたくはないだろう。



「一つは食べ切れそう?」

「うん…」



ふと由依が遠くを見ている様な気がした。
と言うよりも、何かを眺めている様な、そんな感じ。

どうしたのかと首を傾げてみれば、



「鈴本さんと……志田さんが居た」



そう言われて、扉の方へと視線を移せば、既に移動していた様で、そこには誰も居なかった。



「理佐」

「うん?」

「私、志田さんの笑顔…凄く羨ましい」

「うん」



由依でも、やっぱり羨ましく思える事はあるんだな。
それに、自らの笑顔が少なくなっている事に気が付いていたんだな。

それだけの事なのに、何処か安心している自分が居た。



「でもね……、好きじゃない」



そう言い放つ由依は、先程と同様に、遠くを見つめていた。

きっと理由なんてないのだろう。
それ以上話を続ける気もないだろう。
それに、理由があるとしたら、私が由依と志田さんの雰囲気が似ていると感じたものと同様に、曖昧なものでしかない筈。



「そっか」



だから、返しはこれでいい。

必要以上に好きになる理由も、嫌いになる理由もないのだから。


























それから放課後になって、由依との帰り道、アルバイトの時間迄、まだ余裕があったので、近くの公園へと寄る事となった。

公園に設置されているベンチに並んで腰掛け、何気無い風景を眺めていれば、左肩に重みを感じる。
重みの正体は確認する迄もなく、由依だった。

相当眠かったのか、既に眠りに就いてしまっている様子。

少しだけ肩を引いて、ゆっくりと頭を膝元へと移動させる。


何が出来る訳でもなく、来た時と変わらずボーッと風景を眺めていると、突然聞こえて来た砂利を踏む音。

振り返れば、そこに立っていたのは、志田さんだった。



「あ…」

「志田さんじゃん」

「あ、愛佳でいいよ」



愛佳はそう言うと、後ろ側から正面側へと場所を移動する。

おそらく、私が一人で居ると思っていたのか、眠る由依を見て、申し訳無さそうに眉を下げた。



「あ、何か…ごめん…」

「あぁ、大丈夫。由依が寝てるだけだから」



そう伝えれば、愛佳の視線は由依に釘付けだった。

見惚れている訳ではない様子。



「愛佳は、何してるの?」

「あ、いや、渡邉さんが見えたから、ちょっと寄ってみた」

「私も、理佐でいいよ。そっか」



愛佳は転入して来てから一週間の間で、随分とクラスの人と馴染んでいる様に見えた。

だから、おそらくは、その中でもあまり接点の無い私と話そうとしてくれたという所だろう。
それに、由依も居るとなれば尚の事なのかもしれない。

ただ、由依に関してはあまり触れられたくない。

いつかは終わりを迎えなくてはいけないものであったとしても、興味本位で近寄って来る人に教えてあげられる程、由依が向き合っているものは軽くはないから。



「二人は、どういった関係なの?」

「どうって、友達なだけだよ?」



何かを勘付いてか、それともただの興味本位なのか、何とも曖昧な質問に感じた。
抑、転入して来たばかりの愛佳に、私達の関係性等、それこそ関係がない筈なのに。

そんな事を思っていると、愛佳は思い出したかの様に口を開ける。



「理佐。前に、理佐の働いている所に居た、渡辺先生と一緒に居たフードの人って誰なの?」



よりにもよって、何故この質問を投げ掛けて来るのが愛佳なんだ。
由依が由依のままで居られる唯一の時間かも知れないのに…。

バレてはいけない。

ふと、私の本能が感じた。



「あー…私と梨加ちゃんの知り合い」



何れはバレてしまうだろう。

でも、今だけでも、凌いでおくしか思い付かなかった。

愛佳も察知してくれたのか、「そっか」と笑顔を見せてくれる。


その笑顔を見て、ふと過ぎった、お昼休みに由依が溢した言葉。



”私、志田さんの笑顔…凄く羨ましい”

”でもね……、好きじゃない”



何となく、分かった気がする。


愛佳の笑顔は、まるで影の様に薄暗いものだったから。