「じゃあ、私、バイトあるから」
由依を起こしてから、愛佳にそう告げて、公園を後にする。
寝起きにも関わらず、由依が愛佳に向けた目は、とても冷たいものだった。
寝惚け等なくて、興味はありつつも、近寄らせ様とはしない独特なもの。
アルバイト先に着いてからも、モヤモヤとした何かが消える事はなかった。
一体何に対しての感情なのかも定かではない。
それに対して、より一層感情が揺らぐ。
来客を告げる鈴の音が、考え事をしていた私を呼び戻す。
店内へと姿を現したのは、いつもと同様にフードを深々と被った由依だった。
由依の座る席は、決まってお店の奥。
主人も奥さんも、何となく察してくれているのか、人目を気にしなくても良さ気な席に案内をしてくれる。
その心遣いが、凄く有り難かった。
ただ、その一方で、今日という日に限って、もんたと愛佳が現れないだろうかと少しの不安に駆られる。
でも、気にしていても仕方がない。
それに、何だかその行為自体、まるで由依の事を恥じている様に感じてしまい、そんな自分に嫌気が差す。
今の全てを払拭する様に、気を入れ直した。
暫くして、由依の元へ注文を訊きに行けば、ホットミルクを希望して来た。
しかし、困った事にホットミルクはメニューにはない物。
以前由依に出したのは、賄いがてらに主人が作ってくれた物。
「主人に聞いてみるけど、出来なかったらどうする?」
「…ココア」
「分かった。少しだけ待っててね」
由依はどうやら苦い物は苦手な様子。
ココアはほろ苦さの中に、ちゃんとした甘みがあるし、割合を変えてあげれば、そのほろ苦ささえ何処かへいってしまう。
主人に注文の事で相談をすれば、あっさりと了承してくれた。
「すみません…、ワガママ言っちゃって…」
「ワガママなんて思わないよ。あんなに気を張り詰めていなくてはいけない子には、ホットミルクは最適さ」
そう言ってくれる主人の笑顔はとても優しかった。
影なんて感じない、言えば普通の笑顔。
すぐにホットミルクを作ってくれて、それを由依の待つ席へと運ぶ。
「……理佐」
「ん?」
「今日、何時まで…?」
「今日は、十八時半までだよ」
「……その…」
「…?」
何やら言いにくそうに、ホットミルクの入ったマグカップを握る。
それでも、由依からの発言を待てば、
「…ご飯……」
「ご飯?あ、また何処か行く?」
「この前の所で、いい…」
由依からのお誘いは珍しい。
もしかしたら、以前梨加ちゃんに返そうとしたお釣りを拒まれてしまったのかも知れない。
いや、きっとそうだろう。
由依の事だから、使い道に困った結果、思い付いたのが、此間のファミレスでの食事だったのだろう。
前回は由依が先に席を取っておいてくれていたけど、今日は私のアルバイトが終わってから、一緒に行く事にした。
私の業務が終わる迄の間、由依は外を眺めては、時折異様に周りを気にするかの様に、視線を配っている様に思えた。
「お待たせ。行こっか」
十八時半過ぎ、裏口から表側に回って、由依とファミレスへと向かう。
その道中、愛佳の笑顔の事に触れてみた。
「何か、由依の言ってる事、少しだけ分かったかも知れない」
「え…?」
「愛佳の笑顔。何処か暗い印象だったんだよね、今日」
「………」
何を思っているのか、由依は黙ってしまった。
一瞬覗けた表情は、何処か愛佳を心配している様にも窺えた。
ファミレスに到着して、席に案内されると、何たる偶然か。
隣の席に座っていたのは、もんたと愛佳だった。
「あ、もんたじゃん」
「理佐ちゃん、奇遇だね」
言葉とは裏腹に、二人の視線は由依に釘付けだ。
由依も視線を感じてか、俯いてしまっている。
気不味い以外の何ものでもなかった。
「何食べる?」
由依が見易い様にメニューを拡げて見せれば、大きめのサラダを指差す。
きっと、また金銭面を気にしての選択なのだろう。
ただ、今日は前回の様に説得するのはやめておいた。
もんたや愛佳を警戒していたのかも知れない。
注文を済ませて、少し待てば、取り皿と共にサラダが運ばれて来た。
適当にお皿に取り分けてから食べ始める。
その間も、屢々二人からの視線が送られている事に由依は気付いていたのだろうか。
「これだけで足りる?」
「…うん…」
おそらく、この時初めて、由依の声を聞かれたと思う。
もんたの表情は何処かに思い当たる節がある様な、そんな感じ。
そして、愛佳は何を考えているのかは分からないけど、まじまじと由依を見つめ続けていた。
「愛佳、どうしたの?」
そんなに何時迄も視線を送られ続けては、由依も堪ったものではない。
愛佳は誤魔化すかの様に笑顔を浮かべると、首を横に振った。
その笑顔は、やっぱり何処か薄暗かった。
「…理佐、帰ろ」
多少はお腹が膨れたのか、由依が口を開く。
あまり長居はしたくはないと思っていた。
だから頷いてから、伝票を持って立ち上がれば、由依も続く様に立ち上がる。
「じゃあ、またね?」
まだ食事中の二人に声を掛けて、会計口に向かう。
もしかしたら、近い内に、全てがバレてしまうのではないのかと胸が騒ついた。
でも、何処かで、それも悪くないのかも知れないと思ってしまっている自分が居た。