教室へと戻り、ふと目に付いたのは、愛佳だった。
もんたとは会話を終えた後なのだろうか、今は一人で居る様子。
真横に立ってみても、まるで私の存在に気付いていない。
それに、僅かに眉間に皺が寄っている様に感じた。
「考え事?」
そう声を掛ければ、愛佳は私の顔を見るなり、すぐに別の所へと視線を移す。まるで、何かの確認でもする様に。
その視線を追ってみれば、愛佳の視線の先は由依の席だった。
「由依がどうかした?」
「あ…いや、別に…」
「由依なら保健室で寝てるよ」
愛佳は、そうなんだと言った様子で数回頷いて見せる。
「風邪?」
「んー…まぁ、そんな所」
詳しくは言えない。
だから、はぐらかす訳ではないけど、曖昧な返事をすれば、何か言いた気な表情の愛佳。
勘が鋭いのだろう。
それに、案外その場の雰囲気を察知するのも得意なのか、その後の追求は一切なかった。
ただ、一つ思った事。
おそらく愛佳は何かを抱えている。
それは、近くに居るもんたは私よりも強く感じている筈だ。
そして、愛佳の、私と由依の関係に向けるその眼差しは、何処か羨んでいる様にも感じられた。
つまり、愛佳はまだもんたに自分の事を、あまり話していないのだろう。
何を思っているのか、その表情は曇っている。
「愛佳。あんまり無理すると、つらいだけだよ?」
「え?」
「何処かで、気持ちを伝えられる場所、作った方がいいよ」
少し前の由依を見ている様だった。
だからこそ、放っておけなかった。
愛佳が由依の様な思いをしているのかは分からない。
それでも、何かあってからでは、色々と失うものが多過ぎるんだ。
意味は分かるよね?愛佳。
後は、愛佳が切り開かないといけない部分なんだよ?
曇ったままの表情の愛佳には悪いけど、自席に戻る。
その際に、もんたの方を横目で見れば、眉間に皺を寄せていた。
もんたはおそらく愛佳の事が気になっている。或いは、既に好意を抱いている筈。
もんたは私よりも素直だし、真っ直ぐだから。
きっと伝えられる筈だよ、愛佳。
昼休み。
結局由依が教室に戻って来る事はなかった。
お弁当を持って教室を出ようとした時、未だに考え込む愛佳の姿があった。
由依にせよ、どうもこういった境遇にある子は自分で抱え込み過ぎだ。
「愛佳」
「…あ、理佐」
「連絡先教えてよ。何かあった時、便利でしょ?」
「あ、う、うん。いいよ」
私の言葉に、少しばかりの疑問を抱いた様子の愛佳。
お節介かも知れないけど、多分、私は愛佳の事も何処かで気にしてしまうと思う。
それならば、連絡先を交換していた方が安パイだ。
それに、もしかしたら、由依絡みの事で頼る事もあるかも知れないだろうし…。
「ありがとう。じゃあ、あんまり考え過ぎない様にね?」
「うん…ありがとう」
由依みたいに眉を下げ、薄っすらと笑みを浮かべる愛佳が小さく感じられた。
でも、その笑みが垣間見られるだけでもいいと思ってしまった。
「失礼します」
保健室の扉を開けば、由依が寝ているであろうベッドのカーテンは未だに閉められていた。
「あ、理佐ちゃん」
「まだ寝てる…?」
「うん。一回寝ると、中々起きないよね、由依ちゃん」
梨加ちゃんが苦笑いをする。
言われてみれば確かにそうだと、私も少しだけ笑みが溢れる。
ただ、私達には計り知れない疲れがある事は、重々承知だ。
由依を起こさない様に小声で話をしていると、カーテンの向こう側から微かに声が聞こえてきた。
「……んん…」
「あ、起きたかな?」
梨加ちゃんがゆっくりとカーテンを開けば、由依が薄っすらと目を開く。
「おはよう。理佐ちゃん来てくれてるよ?」
「…うん…」
「今、お昼休みだけど、ご飯食べられる?」
「…うん…」
まだ怠さが残るのか、同じ様な返事しか聞こえない。
「……理佐…」
突然由依に呼ばれたものだから、少し驚いてしまった。
「どうしたの?」と顔を覗かせれば、絡まった筈の視線はすぐに解かれてしまった。
それでも、どうして呼ばれたのかなんて、由依の身体がすぐに教えてくれた。
保健室の場所が昇降口に近い事もあって、生徒達の話し声や物音で僅かにしか聞こえなかったけど、確かに私の耳に届いた音。
それは、由依のお腹が空腹と知らせる音だった。
「はい。これでしょ?」
聞こえていないフリをして、おむすびを一つ差し出せば、本当に小さな声で、しっかりとは聞こえなかったけど、その口は確かに動いていた。
「ありがとう」と。