それから、一ヶ月程が経った。

由依の家庭環境は相変わらずな様。
それでも、学校を休む事は減っていたので、まだマシな方なのだと何処か楽観的に考えてしまっていた部分はある。


その日は、朝のHRで修学旅行についての話があった。
旅行先は沖縄県らしい。
勿論、行った事はないので、知らず識らずの内に僅かに心が躍っている事に気が付いた。
でも、それと同時に浮かんでくるのは、やっぱり由依の顔だった。

ポツンと空いている席に目を向ける。

今日は、朝から学校には来ている。
それでも、前日に受けた暴力による疲労からか、すぐに保健室へと行ってしまった。



「渡邉」



HRが終わって、一限目の準備をしようと立ち上がれば、土田先生に呼ばれた。
何かと尋ねれば、内容は修学旅行に由依が行けるのかという事だった。
ただ、それを聞かれても、私には分からない。



「修学旅行には、養護教諭が付き添う事になっているんだ。だから、渡辺先生と渡邉が居ないってなると、どうしても小林が心配になってしまうんだ…」

「土田先生の気持ちは何となく分かりますよ。でも、そこは由依に聞いてみない事には分からないです」

「…そう、だよな。呼び出して悪かったな。一限目、ちゃんと受ける様にな」



土田先生は、本当にいい人なんだと再認した。
一年生の頃の担任のままだったら、もしかしたら現状は違っていたかも知れないから。
そう思えば、土田先生には感謝しかない。


教室へと戻れば、もんたが愛佳に輝いた表情で沖縄の話をしていた。
愛佳も楽しそうに相槌は打っているものの、何処か落ち着かない様子に感じられた。
それでも、時折優しい表情でもんたの頭を撫でている所を見ると、勘違いなのかと思ってしまう。

でも、それが勘違いではない事は分かってしまうんだ。
愛佳は、由依に似ているから。






















一時限目が終わり休み時間になると、愛佳は急いだ様子で教室を出て行ってしまった。
少しだけ見えたその表情は、先程もんたと話していた時とは違って、何だかつらそうな感じだった。


それから、二時限目が始まっても愛佳は戻って来なかった。
由依も未だに戻って来ない。

次の休み時間にでも、保健室に行ってみよう。






















それから、二時限目が終わり、保健室へと向かえば、由依の姿があった。
でも、何だかいつもと同じ様に見えるのに、違う様に感じた。

一体この違和感は何なのか。

如何してか、由依が遠くに行ってしまう様な気がしてしまった。



「…由依」

「…理佐…」



無性に怖くなって、確かにそこに居る筈の由依の名前を呼んだ。

声を掛ければ、やっぱり気の所為だったのか、いつもの雰囲気に包まれた気がした。



「どうしたの…?」



それでも、何故か私の身体は由依の身体を包み込んでいた。
突然の事に、困惑の色を隠せない由依。

ふと梨加ちゃんと目が合った。

そこで、確信した。
何かがあった事。そして、それは私に言えない事なのだと。

つまりは、身内同士で解決しなくてはならない事。

そうなると、思い当たる節は、あの件。
もしかして、梨加ちゃんがまたお金を払って何とかするつもりなのだろうか…。



「…ねぇ、理佐」



色々と考えを頭の中で巡らせていれば、由依の声に引き戻される。

交わった視線に、再び違和感を抱く。

由依の目は、何だか濁って見えた。
どろりとした暗闇の奥底に飲み込まれてしまうんじゃないかという程に。



「此処は、私の居場所…?」

「此処…?」

「うん…。理佐の腕の中は、安心する」

「それなら、いつでも作ってあげられるよ」

「……うん。ありがとう、理佐」



そう言って由依が身体から離れた時、垣間見えた梨加ちゃんの表情は、やっぱり曇っていた。

それでも、私が口を出せる事ではない。
だから、素直に身を引いた。





















それでも、私が素直になっても、不合理なものが変わる事なんてなかった。

私達の知らない所で、歯車は一気に廻り始めていた。
音も無く、ただただ、静かに廻り始めていた。