理佐の温もりを、いつも感じていたいと思った。
でも、それはワガママな事だと分かっている。

それでも、いつも、理佐の温もりを求めていた。

だけど、口に出来ない。
伝えたい事は、いつも呑み込んでしまっていた。

だって、理佐に迷惑を掛けたくないから。

でも、私は理佐に迷惑を掛ける事しか出来ない。

理佐だけじゃない。
梨加ちゃんにも。

梨加ちゃんには、金銭面でも凄く助けられている。
あの時だって、梨加ちゃんがお金を払ってくれたお陰で、知らない男の人達に何度も抱かれずに済んだ。


だから、そんな二人の事を頼った。
お父さんとお母さんから目を背けた。


そうして、自分を見失った。


どうしたら、戻れるの…?


























「…ただいま…」




学校が終わって帰宅すれば、お父さんもお母さんも居なかった。

今の内に探すしかない。アレを。

制服から私服に着替えて、理佐がくれたパーカーを羽織る。
これを着ていると、何故だか安心出来る。
それはきっと、理佐がくれた物だからなんだと思う。


お父さんが何処かに隠した物。
アレが無ければ、お父さんは昔よりもおかしくなる事なんてなかった。

押入れの扉を開いて、布団や衣類の間に手を入れて探してみる。



「……捨てなきゃ……あんな物……」



奥の方にあるかも知れない。
そう思って、身を乗り出した時だった。

玄関の扉をノックする音が聞こえた。

こんな時間に来客なんて珍しい。
少しだけ、嫌な予感がした。
扉の覗き穴から外の様子を伺えば、そこには誰の姿もなかった。

…誰かの悪戯?

そう思って鍵を解錠して、扉を少しだけ開けた瞬間、扉が勢いよく開き、反動で私の身体は外に引っ張り出され、地面に膝を着く。



「久し振りだねぇ。由依ちゃん」

「っ……」



振り向いた先に居たのは、以前乱暴をしてきたヤクザだった。
しかも、一人はどう見ても上の地位の人。
その人は私の前に跼み込むと、私の髪を乱暴に掴む。



「お父さん何処?」

「し、知らない…っ…」

「じゃあ、お母さんは?」

「知ら、ない…」



睨み付けてくる訳ではない。
なのに、少し薄めのサングラスのレンズの向こうに見える目は、冷徹なものだった。

…怖い。

まるで、蛇にでも睨まれたかの様に身体が固まってしまった。
それでも、自分の中で逃げる以外に選択肢が思い浮かばなかった。

男が私の髪から手を離した瞬間、私は走り出した。



「おいおいおい。逃げちゃうのぉ?」

「待てや糞餓鬼っ!」



すぐに下っ端の男が追い掛けて来ているのは分かっていた。
だから、少しでも遠くに逃げなきゃ。
















「待て、コラァ!」



段々と遠くなる声に安心しつつも、振り切るまで逃げなくては、その内追い付かれて、また…連れて行かれる…。

もう、あんな思いはしたくないっ。
あんな事があった所為で、理佐や梨加ちゃんにたくさん迷惑を掛けた。

T字路に差し掛かり、角を曲がろうとした時に出会い頭に誰かとぶつかってしまった。



「いってぇ…」



ぶつかってしまった相手は、志田さんだった。
その隣には鈴本さんの姿もあった。

自分からぶつかってしまったのだから、せめてもと手を差し出そうとした時、段々と近付いて来る足音に出し掛けた手を引っ込める。



「っ……ごめん…」



二人にそれだけを告げて、少し狭目の路地裏に走った。

これで、少しはあいつらを撹乱出来るはず…。

相手がヤクザという事を忘れていたのかも知れない。いや、ヤクザという存在を知らなさ過ぎたのだろう。
そんな淡い期待を寄せて路地裏を抜けた瞬間、腕を掴まれてしまった。



「あれぇ?何処行っちゃうのよ、由依ちゃん?」

「っ……」



薄ら笑いを浮かべるその表情とは裏腹に、私の腕を掴む手の力は途轍もなく強い。
抗っても何の意味も為さず、河川敷の方へと連れて行かれる。

ここの河川敷は人通りが少ない為、この人達にとっては絶好の場所なのだろうと、何処かで納得してしまっている自分が居た。


結局、振り切ったはずの下っ端の男も此処に辿り着いてしまい、もう逃げられないんだと悟った。



「ちょろちょろ逃げてんじゃねえぞ!?糞餓鬼がっ!!」



言葉と同時に、頬を打ち抜かれる。
口の中に鉄の味が広がった。



「おいおい。顔はやめてあげなって。学校にバレちゃったら困るよねぇ?由依ちゃん」

「……」



その言葉に、優しさ等微塵も感じない。
ただ、その薄ら笑いに身体を震わせる事しか出来なかった。



















「早く吐けや!親父は何処に隠れてんだよ!?」



どれ程の時間殴られたのだろう。
下っ端の男は、身体の至る箇所を殴り飛ばして来る。



「うあっ……」



舗装されていないからこそ、運悪く出っ張っていた石に頬が直撃してしまった。
その石に血が付着していた事で、自分の頬の皮膚が剥けてしまったのだと気が付く。



「うわぁ…痛そうだねぇ。でもさぁ、由依ちゃんがお父さんの居場所を教えてくれないから、こんな事になっちゃってるんだよ?」

「…っ……」

「じゃあ、質問を変えようか」

「………」

「ブツは何処に隠した?知ってるよね?由依ちゃんのお父さん、お金も払ってくれないし、物だけ持って行っちゃったのよ」

「……っ……」



先程同様、薄ら笑いを浮かべたまま、私の髪を掴む。



「つまりね、由依ちゃんのお父さんは泥棒しちゃった訳。許される訳ないよねぇ?」

「っ……ご、ごめんなさ…」

「おいおいおい…。ははは」



小さく笑ったのも束の間、私の胸の辺りを物凄い衝撃が襲う。
蹴り飛ばされたんだと理解するのに、多少の時間が掛かった。

自分の手を汚したくないのか、下っ端の男とは違ってこの人は身体の至る箇所に蹴りを入れてくる。
しかも、当たり前だけれど容赦がない。



「許される訳ないって言ったよねぇ?とっととお父さんの居場所吐いちゃいなよぉ?」

「…っ……うぅ……」

「……頑なだねぇ。しょうがねえ、連れてくか」



殴られて蹴られて、そんなのが続いて、身体に力が入らなかった。
フードの辺りを掴まれ、引き摺られる。

あぁ……、結局、また、あんな事されるのか…。



「お願い、やめてくださいっ!」



とことん運が悪いんだなと、諦めをつけた時だった。
姿を現したのは、梨加ちゃんだった。

梨加ちゃんは、茶封筒をヤクザに手渡して、あいつらは中身を確認すると、フードを手放してくれた。

また、梨加ちゃんに迷惑掛けちゃったな…。



「……ごめ、ね……梨加ちゃん……」



梨加ちゃんが悲しそうな顔をしてる。
でも、これは私の所為でこんな表情をさせてしまっているんだ。
だから、ごめんね、梨加ちゃん。



「…小林さん…」



聞き覚えのある声に、梨加ちゃんと其方を見れば、志田さんと鈴本さんの姿があった。



「…見られ、ちゃった……か…」



すぐ様梨加ちゃんが身体を支えながら起こしてくれて、その場を立ち去る事にはなった。

でもね、梨加ちゃん。
もう…無意味だと思うんだ。

だって、もう……疲れたんだ、私。
だからね、もう、いいんだ…。