夏休みに入ってから、由依とはメッセージでのやり取りが続いていた。
中々にアルバイトが忙しい様で、夜は日付を周る前には由依からの返信はなかった。

でも、ある日突然由依から夜中にメッセージが届いた。



(変な時間に起きちゃった)

(珍しいね。こんな時間に)

(理佐はまだ起きてたの?)

(うん。夏休みに入ってから夜更かししっぱなしだよ)



そんなやり取りをしていれば、これまた突然返信がなくなった。
寝たのかと思って携帯電話を机に置いた時、メッセージアプリの電話の着信音が鳴り響く。
相手を確認すれば、由依だった。



『もしもし?寝たんじゃなかったの?』

『…あは、理佐だ』

『いや、そりゃそうでしょ』

『真っ暗だね』

『?…そりゃ、夜中だしね』

『だねぇ。ふぁあ…』



寝惚けているのか、そこから会話が弾む事はなく、暫くすれば由依の寝息が聞こえてきた。

由依が寝た事を確認してから、通話を切る。

きっと、アルバイトが忙しくて、相当疲れているのだと思う。

約一ヶ月程ある夏休みも、気が付けば既に中盤に差し掛かっていた。
由依とは、まだ海を見に行く約束は果たせていない。
でも、こんなに疲れ果てているであろう由依を、私から誘うだなんて出来なかった。











そして、夏休みも残りわずかとなったある日の事。

朝早くに、電話の着信音が部屋に鳴り響いた。
生活リズムが完全に逆転していた私にとっては、迷惑極まりないものであったが、画面に映し出された名前を見れば、そんな思いもすぐに何処かへ消え去る。



『……もしもし…?』

『おはよう、理佐。もしかして、寝てた?』

『…んー……。だって、まだ八時だよ…?それより、どうしたの?』

『今日ね、お昼過ぎにバイトが終わるんだけど…』

『うん』

『理佐が暇だったら、海行かない?』

『いいけど……由依、疲れてない…?結局、ほとんど休んでないでしょ?』

『……』



ただ問い掛けただけなのに由依は何故か黙ってしまった。



『理佐の言う通りだよね。ごめん。今日はバイトが終わったら、家でゆっくりするよ』

『……?…夏休みじゃなくても、由依が疲れてない時に、ゆっくり行こうよ?』

『…うん。じゃあ、そろそろバイトの時間だから行くね。起こしちゃってごめん。また学校で』



言葉とは裏腹に、由依の声に元気がない様な気がした。
でも、アルバイトの時間だからと一方的に切られてしまった。ただ、私も眠気が去った訳ではなく、まだ布団の中に居た事もあって、再び眠りに就いてしまった。



それから、私が起床したのはお昼を過ぎた頃だった。

由依からは特にメッセージが届いていた訳ではなかったが、お昼過ぎにアルバイトが終わると言っていた事を思い出し、労いの言葉をメッセージで送る。

しかし、そのメッセージには、夜になっても既読のマークがつく事はなかった。



そうして、結局残りわずかとなった夏休みは、由依の返信が来る事なく、終わりを迎えた。










それから学校が始まると、由依は休む日や授業をサボる頻度が上がった。
人伝に聞いた話であって、その現場を目撃出来た訳ではないので、実際の所は分からないけれど…。

ただ、あの日以降、由依からメッセージが送られてくる事はなかった。

夏休みに、アルバイトを詰め込み過ぎたツケが回ってきたのかとも思ったけれど、メッセージを送っても返ってこないと勝手に思い込んでしまっていた私は、特に何を送るでもなく、いつも通りの生活を送っていた。



それから数日が経ったある日、昼休みに屋上へ行ってみようと、いつぞやの気分になり、向かってみれば、そこには由依の姿があった。
以前とは違い、今回は扉の開く音でこちらに振り向く。

そんな由依に軽く手を上げてみれば、由依は何事もなかったかの様に、ギターに視線を戻してしまった。

その態度に、悲しさと苛立ちを覚えた。

夏休みのあの日、私に対して何かしら思った事があるからこの様な態度を取っているのだと思う。
それは別にいいし、仕方のない事だ。
でも、無視をされたら話は別だ。
その理由を問いたい。

ギターに夢中な由依に近寄ると、足音で気が付いたのか、由依は再び顔を上げて、こちらを見る。



『あ、理佐だったんだ』



そんな素っ頓狂な事を言うものだから、悲しさよりも苛立ちが強くなってしまった。
だからこそ、口調が強くなってしまったのかも知れない。



『ねぇ、私、由依に何かした?』

『え?』

『あの日、海を見に行けなかった事は申し訳ないと思ってる。でも、私なりに由依の体調を気にして言っただけなんだよ?』

『え…ちょ、ちょっと待ってよ。あの日の事は、理佐の言う通りだって思ったよ。それより、何でそんなに怒ってるの…?』



こうもシラを切られると、これ程に気分が悪い事を初めて知った。



『今、私がここに来た時、最初無視したじゃん』

『ご、ごめん…。そんなつもりはなかったんだよ…』

『じゃあ、どういうつもりだったの?』

『っ……ごめん…。無視は、したつもりはない…』

『……はぁ…。もういいよ。こんなんじゃ埒があかないし。私戻るね』

『り、理佐っ…』



仲が良くなったと思っていたのは、私の方だけだったのかと思うと、悲しみが込み上げてきて、自然と涙が頬を伝う。

由依に呼ばれたけれど、聞こえないフリをして屋上を後にした。
























その日を境に、由依はほとんど学校に来なくなってしまった。