『オッペンハイマー』に対して、広島と長崎の被爆実態を映像として見せていないのが残念という批評や感想を散見する。被害者の数や、爆発で即死した者ばかりでなく(放射線障害で)取り留めたように見えた命が後に失われたとの報告もあった。報告会のスライドには被爆者の画像も含まているように見えたが、オッペンハイマー等の反応だけが映され、観客にはスライドの内容は見せない演出だった。重度の火傷等、被爆者の実態を赤裸々に見せるべきか否かには2つの乖離した想いがあった。

①日本人観客には本作で丁度よい
 悲惨な被爆者な実態をもっと明確にみせるべきという日本人が多そうな気がするが、個人的には今回程度の演出が程よかった。何故って、幼少期から物心つくまでに、何度目を覆いたくなる画像を見てきた事か。火傷を冷やそうと川に被爆者が集まり折り重なった死体。消毒もままならぬ不衛生な状態で、傷に湧いたウジ。直撃は免れたのに、黒い雨で長期間放射線障害に苦しんだ亡くなったもの達、数多くのドラマや映画で語られてき。日本で生活していると、自ら積極的に求めずとも、被爆の惨状を突きつけられる。根底にある核兵器への強い拒否反応も、それらの教育の賜物だろう。なので、本作で被爆者の惨状が描かれずとも、自己編集で十二分に補完されていた。一映像作品としては、本作程度の演習が程よかった。

②欧米観客にはトラウマを与えるべき
 一方で、欧米には被爆者の実態を知らない観客が多い筈。キノコ雲をポップアートにしたり、校舎の壁面にデザインしてしまう無邪気さは、悲惨な実態を知らないからに他ならない。知っていてやっているなら、戦時中のように鬼畜米英と罵倒したい。Cノーラン監督が語る『息子世代に核兵器の恐ろしさを教えたい』という趣旨が本当なら、実際の被爆者の画像を盛り込む事こそ最大の教育な気がする。オッペンハイマーの人生が主眼で、彼は被爆地の実態を直に見てないからという説明では説得され難い。興行やスポンサーの意向などの総合的判断とは思うが、核兵器の拡散を本当に抑止したいのなら、自分世代が受けたのと同じトラウムを、全世界に与える映像作品が必須だと思われる。