大学3年生になった私は、講義以外にゼミやアルバイトなどのいろいろな予定が毎日のように入っていて、忙しい日々を過ごしている



そんなある日、たまたま早起きしてしまった私は、いつもよりも早めに大学へ登校した


大学構内を歩いていると後ろから誰かに声を掛けられ、驚いて咄嗟に振り返る



「やっほ。」


「てち…」


「いつもよりも来るの早くない?」


「たまたま早起きしたから。」


「そうなんだ。そのまま教室に行く?」


「特に用事ないからそうするけど…」


「じゃあ、一緒に行こう?」


「うん。」



彼女から用事もなく話し掛けられることがなかった私は、嬉しい気持ち半分と戸惑いの気持ち半分という、なんとも言えない心境になっていた


私のそんな複雑な気持ちとはよそに、彼女はいつも通りの表情をしていて、彼女からしてみれば、普段の私と会話するときとなんら変わらない感覚なのだろうと思う



教室に着いて私が荷物を置くと。その隣の席に彼女も同じように荷物を置いた



「隣に座るの?」


「うん。りさに…ちょっと話したいことがあって。」



彼女の表情を見て、2年前のことを思い出す


あのときの表情と同じだったから…


彼女にとって大切な話をしたいのだろうと自然と読み取れた



「どうしたの?」


「もうすぐで夏休みに入るじゃん?」


「うん。」


「夏休みに入ったら、オーストラリアに留学する。」


「え?」



いつも彼女はそうだ…


突拍子もなく重大なことを普段の会話と変わらない感じで、場所を気にすることなく話してくる


今回もあまりにも突然で、私には衝撃的な話だった


いま、どんな表情をしてどんなことを口にすればいいか分からなくなる


それくらい私の感情はぐちゃぐちゃで、一言では表せないほど複雑になっているということだけが、自分自身で分かった



「…泣いてる…」


「え…あ、これは…」



彼女から言われて気付く


自分が泣いているということに…


でも、彼女は私を宥めるでもなく、詳しい話をするわけでもなかった



「必ず帰ってくる…」



その一言を言い残して、机に置いていた荷物を持って、私の前から消えていった…


止めて欲しい相手に止めてもらえない涙を、これ以上流さないようにしようと目に力を入れてなんとか止めた…


私に留学の話をしたのは、なにか意味があるはず


彼女に私ができることはなにかを必死に考える



彼女に自分を信じて欲しいのなら、私も彼女を信じることが大切なのだろう


私は彼女の言葉を信じ、いつになるか分からない帰りをずっと待つことにした



そうは言っても、心の準備ができないまま私の前から消えてしまった彼女


なんとも言えない虚無感だけが私の中に残り続けていた



それから、同じ学部の友人からなにかあったのかと聞かれることが増えた


きっと、心にぽっかりと穴が空いてしまっているのが、私の様子から感じられるのだろう


何度聞かれても私は、なにもないよと、彼女とのことは誰にも話すつもりはなく答えなかった


彼女とのことは私自身で乗り越えなければいけないことだと思うから


そして、彼女の帰りを持つのならば、ただ待ちたくなかった…


いままでと変わらない生活を送り、なにも変わらないままの自分で再会するよりも、いまよりも私自身が強くなりたいと思った


彼女が戻ってくるまでに、彼女が安心してくれる存在に近づきたい、そうなれるように少しでも大人になろうと、勉強やアルバイトをいまよりもさらに頑張らなければならないと心の中で考えた


そこからの行動は私としては早かった…


テスト期間以外のときにはシフトを多くしてもらい、講義やアルバイト以外の空いている時間は勉強に力を注ぎ込んだ


教授からも友人からも驚かれたが、正直それに構う余裕がなくなる程、彼女を原動力に頑張ることができた



彼女と離れたこの時間は、意味を持っていて私自身に必要なものなのだろうと思えることができるようになっていた



彼女が戻ってきて私と再会したときに、言葉にしなくてもなにかを感じてくれるだろう…


彼女の場合、言葉の多さが邪魔をしてしまうから


自分にできることを、がむしゃらになってやっていたら、気が付けば彼女と離れてから1年が経った…