「おい!姉ちゃん!」


いきなり扉を開かれて、息を荒くして部屋の入口に立つ弟


「部屋に入るときはノックしてっていつも言ってるでしょ。」

「そんなことより!」

「なに?そんな怒って...どうかしたの?」

「どうかしたのじゃねーよ。」


人よりも沸点が高く設定されているような弟の天が珍しく怒っていて、驚きつつ事情を聞く


「ひかる先輩が、『お姉ちゃんがここ数日元気なくて泣いてる』って言ってたんだけど。」

「は?由依が?泣いてるって?」


"ひかる"というのは、天の1つ上の先輩で、私の1つ下の後輩
そして、私の彼女"由依"の妹でもある

弟曰く、下校してるときに、ひかるから相談されて事情を知ったという

確かに、ここ数日、由依と一緒にいてもどこか上の空というか...思い悩んでるような雰囲気を感じ取っていた

でも、こっちから聞き出しても素直に話す性格でもないことを知っているので聞き出せずにいた


「原因がそれかどうかは知らないけど、最近流れてる噂知ってる?」


由依のことを考えていたら、弟からそんなことを訊かれる


「噂?なんの?」


思い当たる節がなく、弟に聞き返す


「松田先輩、井上先輩、武元先輩が話してたんだけど...」

「うん?」

「姉ちゃんが男の人と楽しく街中を歩いてたって。」

「は?」

「もしかしたらだけど、その噂を由依さんが知ってしまったとかじゃない?」

「有り得る...」

「てか、それ本当なの?」

「え?」

「男の人と歩いてたって。もし本当だとしたら、由依さんがいるのに最低だと思うんだけど?」

「待って。全く身に覚えがない。」

「男の人と歩いてないの?本当に?」

「うん。ここ最近、由依か天としか出かけてないし...」


平日は学校があるから、出かける余裕なんてないし、休日を遡って思い出してみても、やましいことをした覚えがない

彼女か弟としか出かけてないなんて、少し寂しい休日だと思われるかもしれないけれど、彼女を心配させるくらいならと気をつけていたつもり

それなのに、男の人と歩いてたなんていう1番流れて欲しくない噂が出てしまうなんてと驚いている


「その3人は見たの?聞いたの?」

「聞いたって。」

「誰に?」

「他校の友達だって。」

「その男の人の特徴は聞いた?」

「んー、3人が聞いた話だと...背が姉ちゃんより高くて、イケメンで、目がキリッとしてて...年下彼氏?みたいな感じだって...」


その話を聞いて、ハッと気づいたことがあった


「それを目撃したのっていつ?聞いてない?」

「んー、今月入ってすぐの土曜日らしいよ。」


それを聞いて、1つ思い当たることが出てきた


「あのさ、今月初めに天と出かけたよね?」

「ん?まぁ...」

「久しぶりに出かけて、結構2人ともテンション上がってたよね。」

「うん...って...え?」

「天って...最近、成長期で私の身長越したよね?」

「...うん...」

「天、いろんな子から告白されてるよね?」

「...まぁ...」

「お父さんに似て、目がキリッとしてるね。」

「...そうだね...」


途中で弟も気づいたようで、苦笑いをしている


「その噂広めたのって、おバカトリオってことでいい?」

「おバカトリオって...」

「お調子者3人組!」

「そうじゃない?」

「明日、覚えとけ......」

「姉ちゃん...あの...」

「ん?」

「いや...そのさ...由依さんが誤解してるとしたら、少しでも早く誤解を解いてあげた方がいいんじゃない?」

「そうじゃん!ちょっと由依の家行ってくる!」

「気をつけてね。」


噂を広めた人を許さないと思いながら、由依の家に急いで向かう

家の前まで着いたときに、由依に電話をかける


「もしもし?」

『もしもし?』

「いま、家にいる?」

『うん。いるけど...』

「外に出てきてもらっていい?」

『え?』

「いま、家の前にいるから。」

『な、なんで?』

「話したいことあって。」

『分かった。すぐ行くから待ってて。』

「うん。」


そこで電話を切る

1分も経たないうちに玄関の扉が開き、由依が外に出てきてくれた


「由依。ごめん...」

「え?」

「不安にさせて。」

「え?」

「噂...なんか、変な情報が流れてるらしくて...」

「あー......うん。」

「大体のことを天から聞いた。そんなこと、全然知らなくて...でも、ここ数日、由依が元気ないことは気づいてたから、すぐにでも聞けば良かったんだけど...」

「ううん。私も、理佐にすぐに聞けば良かったんだけど、もし噂が本当だったらって考えたら不安になっちゃって...」

「ううん。不安にさせてごめん。天から噂のこと聞いて、整理してみたんだけど...多分、天のことなんだよね。」

「え?」

「最近、由依か天としか一緒に出かけてないし、目撃情報を聞いたら、天と出かけたときみたいで。」

「なんだ...そうだったんだ...」


ほっとした表情を浮かべた由依を見て、私も一安心できた


「これからは、もっと気をつけるから...」

「そんな気にしなくていいよ。」

「ううん。由依のこと不安にさせたくないから...私が、由依の悲しい顔を見たくないから...」

「ありがとう。」

「ううん。これからは、誰かと出かけるときは由依に一言伝えるよ。」

「分かった。私も、理佐以外の人と出かけるときは、理佐にちゃんと伝えるね。」

「分かった。」

「そういえば、噂の発信源って誰なんだろう...」

「あー、それね。まつり、いのり、ちゅけだって。」

「ごんざぶろう、ごんのすけ、ゴンザレスかよ。」

「え?誰?」

「お調子者3人組。」

「ごん...なんたら...って言ってなかった?」

「あー、名前被ってて紛らわしいから、名前付けた。」

「なるほどね。」

「あとで、その3人締めに行こう。」

「うん。そうしよ。」


由依の誤解を無事に解くことができて、笑顔を見ることができて良かった...

噂が事実じゃなかったとしても、由依のことを不安にさせてしまったら恋人として失格だと思う

自分の言動を気をつけなきゃいけないと再確認させられた


「理佐。」

「ん?」

「わざわざ来てくれてありがとう。」

「ううん。会いたかったから。」

「理佐。」

「由依。」

「ん?」

「好きだよ。」

「え?」

「他の人を気にしてる余裕がないくらい、由依のことが好き。これからも。」

「うん。私も。」










翌日_____


「「「ごめんなさーい!!許してください!」」」

廊下中にそんな声が響き渡っていたが、怒らせてはいけない2人が怒っていたことで、周囲は震え上がり、誰も2人を止めようとする人はいなかった